大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1703号 判決

控訴人(原告) 第一記者クラブ代表日東タイムス社 荻原佑介

被控訴人(被告) 最高裁判所長官 横田喜三郎

主文

本件訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の求める判決及びその請求原因は別紙訴状記載のとおりである。

理由

本件各訴の適否につき判断するに、原告は被告が昭和三五年一一月二〇日施行された最高裁判所裁判官国民審査に当り、経歴として被告には請求の趣旨第一項掲記の天皇制に関する著書及び論文があることを明らかにしなかつたことが、最高裁判所裁判官国民審査法(以下単に国民審査法という)第四八条に違反するとして、その違法確認と謝罪広告の掲載を求めているのであるが、国民審査法違反の事実の有無は、原告個人の具体的権利義務に直接関係がないのであるから、本訴は裁判所法第三条の「一切の法律上の争訟」に該当しないものといわなければならない。

即ち、裁判所法の「一切の法律上の争訟」とは、法の保証する個人の一身的又は経済的利益と他の法主体のそれとの衝突による紛争、いいかえれば、当事者間における具体的、個人的な権利義務についての争いを意味するものと解するのが相当であるところ原告の主張する国民審査法違反の有無は、原告自身訴状において再三に亘り、「原告及び八千万国民」なる表現をもつて自陳しているとおり、原告の個人的、具体的な権利義務に関係するものではなく、国民としての一般的抽象的な権利義務に係るにすぎないのであるから、「法律上の争訟」に該当せず、本来司法審査の対象となり得ないものと解すほかない。

もつとも、法律が個人の具体的権利義務と無関係に、専ら行政法規の適正な運用の確保を目的として、国民がその公共的行政監督的な地位から、行政法規の違法な適用に対して、これを是正するために訴訟を提起することを、特に認めることがあるが(かかる訴訟は一般に民衆訴訟と呼ばれ、選挙に関する訴訟がその適例である)かかる訴訟は性質上当然には「一切の法律上の争訟」中に包含されないと解すべきこと前述したことから明らかであり、従つて法律に特別の規定がある場合に限り、その規定に従つてのみ提起することを許されると解さざるを得ない。

最高裁判所裁判官国民審査については、国民審査法第三六条に審査の効力に関し異議ある審査人又は罷免を可とされた裁判官より中央選挙管理会の委員長を被告として、同法第三三条第二項の規定による告示のあつた日から三〇日内に東京高等裁判所に訴を提起することができる旨の規定がある。

しかしながら本訴が右の規定による訴でないことは、その出訴の時期及び訴状の記載から明らかであつて、結局本訴は既に述べたとおり、裁判所に出訴できない事項について裁判所の判断を求めるもので、訴の要件を欠く不適法な訴といわなければならない(なお、本件訴状の当事者の表示では、被告が最高裁判所長官としての横田喜三郎であるのか、横田喜三郎個人であるのか、必ずしも明白でないが、いずれであるにせよ以上の理に変りはない。)しこうして、右欠缺が補正し得ないものであることは明らかであるから、民事訴訟法第二〇二条により口頭弁論を経ないで本訴をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担については同法第八九条を適用して原告の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。(東京地方裁判所民事第三部)

訴  状

川越市大字野田一、七〇一番地

原告 第一記者クラブ代表日東タイムス社 荻原佑介

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告 最高裁判所長官         横田喜三郎

最高裁判所裁判官国民審査法違反、謝罪広告掲載の訴

訴訟  五万円也

印紙額 五百円也

請求の趣旨

一、被告が昭和二十四年七月五日出版せる天皇制及び昭和二十五年一月八日発行の戦争と平和に掲載せる天皇退位論は天皇の戦争責任を追及し国家的存在価値政治的機能を解することなく明に国体破壊の暴論逆説を罹列せる曲学阿世売文学者の非日本的国家騒乱論にして被告は昭和三十五年十一月二十日施行せられたる最高裁判所裁判官国民審査に当り此の暴逆不逞の論文を発表せる事実を故意に経歴に記載することなく原告を始め九千万国民より不信任の×点免れたる行為は最高裁判所裁判官国民審査法第四十八条違反であることを確認する。

二、被告は左記の謝罪広告を二号活字にて読売、朝日、毎日、産経、日経、東京の各新聞に一日掲載すべし

謝罪文

私儀昭和二十四年七月五日出版せる天皇制及び昭和二十五年一月八日発行の戦争と平和に掲載せる天皇退位論を発表し而して昭和三十五年十一月二十日施行せられたる最高裁判所裁判官国民審査に当り故意に此の暴逆不逞の経歴を記載することなく荻原佑介殿を始め九千万国民を欺き以て不信任の×点を免れたる罪科に対し衷心より謝罪の意を表し此の万死に価する万分の一の償ひをする覚悟を以て天皇の憲法上の地位と権限につき私の解釈を左記の通り掲載して国体を明徴にし皇威の恢興を計りて剛健なる日本興隆に寄与し以て荻原佑介殿を始め九千万国民各位に御詫び申上げます。

天皇の憲法上の地位と権限

1、憲法第六条に依り天皇は内閣総理大臣及び最高裁判所長官を任命し解任する行政司法大権を保有する。

2、衆議院は内閣総理大臣の任命権者ではない衆議院の指名権は内閣総理大臣を決定する確定権ではない指名権は任命権者たる天皇に対する推薦行為にして任命権者は炳乎として天皇である。

3、内閣総理大臣は最高裁判所長官の任命権者ではない内閣総理大臣の指名権は最高裁判所長官を決定する確定権ではない指名権は任命権者たる天皇に対する適任者を推薦する行為にして任命権者は炳乎として天皇である。

4、猪俣浩三が発表せる任命権者は内閣にして天皇には何んの権限もない認証は単なる制度上の手続き形式的儀礼的行為に過ぎぬとの談話は故意の曲解論にして暴論逆説である。

5、衆議院の指名した首班者が天皇の信任に応へられざる場合は天皇は拒否権を発動して衆議院に対し反省を促し適任者を再指名させることが出来る。

6、参議院は衆議院の指名した首班者が天皇の信任に応へられざる場合は不信任反対の決議を行うと共に天皇に対し拒否権発動の非常措置を採り以て衆議院の行過ぎを是正する参議院の良識を発揮して国会の権威を保持しなければならない。

7、天皇は爾今内閣総理大臣が横田喜三郎の如き曲学阿世の売文学者を最高裁判所長官に指名した場合は断乎として仮借なく拒否権を発動して適任者を再指名させる至巌なる措置を採ることを希望する。

8、衆参両院は内閣総理大臣が横田喜三郎のような曲学阿世の売文学者を最高裁判所長官に指名した時は反対の決議を行ひ天皇に対し拒否権発動の非常措置を採らしめ以て国会の権威保持に万全を期さなければならない。

9、天皇は衆参両院の事前事後承諾を得ることなく内閣総理大臣を解任することが出来る。

10、天皇は内閣総理大臣の事前承認事後承諾を得ることなく最高裁長官を解任することが出来る。

11、天皇は内閣が権威を弄し国政を壟断し国家を累卵の危機に陥れるが如き暴政の挙に出た場合は国会の良識である内閣不信任の議決を俣つことなく断乎として仮借なく内閣総理大臣を解任する非常大権を発動して国家の安泰を計ることが出来る。

12、天皇は爾今現内閣総理大臣が横田喜三郎の如き天皇の国家的存在価値政治的機能を正当に解釈する能力なき曲学阿世暴逆不逞の売文学者を最高裁長官に指名した極めて遺憾なる事態の発生に鑑み任命権の行使の可否に対し重臣及び日本国憲法に対し正当なる解釈を下し天皇の憲法上の地位と権限を擁護して皇威の恢弘を計り以て剛健なる日本興隆に寄与せんとする憂国概世の人士の意向を徴したる後、任命権を行使する内閣総理大臣の任命に当りても衆議院の指名に隷従して形式的儀礼的任命の行為を行うことなく必づ重臣会議民間有識者の意向を徴したる後任命権を行使する。

13、天皇保有の任命権は衆議院及び内閣総理大臣の指名に隷従して行ふ形式的儀礼的任命の行為を行う国事にあらずして日本国憲法怪我の功名と九千万国民の総意に依り天皇に信託附与せられたる国家の安泰と健全なる発展を保持する為の親政大権である。

14、憲法第四条第四十一条は第六条を拘束する優先権はない。

15、衆議院は天皇に対し指名権は首班決定の絶対的命令的確定権であるから衆議院が指名した首班者は何者たりとも天皇は任命しなければならぬと云う任命権を拘束する優先権はないのであるから任命権者たる天皇に対し指名権を濫用してはならない。

16、憲法第七条第三項に衆議院を解散することと規定せる事項は断じて国事にあらずして国政大権の発動である衆議院を解散する助言者が天皇の親任に依つて任命せられたる内閣に依つて行れるのであるから天皇は立法大権の保有者である。

17、日本国憲法怪我の功名と皇祖天照大神在天御神霊の御加護と天皇陛下大御稜威の然らしむる処天皇に信託附与せられたる行政司法立法の大権は内閣国会が権威を弄し国政を壟断し国家を騒乱の渦壼と化するが如き暴政の挙に出た場合又内閣国会の機能完全に喪失する非常事態勃発に依る政局の大混乱に備えて累卵の危機を除去する為の国家鎮護の親政大権である。

18、天皇の国家的存在価値政治的機能は天皇は日本安全保障の為国家累卵の危機と化する一切の障碍を除却して我が国を泰山盤石の安に置き億兆をして安居楽業入心をして各々其の処を得さしめ以て剛健なる日本興隆を保障する国家鎮護の大任を全うし給う大柱石にして日本最高最大の統治力保持者である。

19、憲法第六条第七条の規定に依り天皇は行政司法立法統帥の大権を掌握保有する元首である。

20、我が国は主権在民の基本の下三権分立、天皇親政を中軸とする国体にして民主々義の基盤に立つ君主制国家である。

21、国軍自衛隊の潜在統帥権炳乎として天皇の掌中にあり天皇は三軍皷舞の大元帥にして自衛隊は誇り高き名誉を有する皇軍にして国際紛争侵略の手段として行使せざる限り憲法第九条の対照とならない。

22、内閣総理大臣は統帥権の執行者にして最高の統率指揮監督権者なるも統帥大権の掌握保有者ではない統帥大権の掌握保有者は炳乎として天皇である。

23、国歌君が代の歌詞は合憲にして国体を表徴謳歌している。紀元節の歌詞も同様である。

24、天皇が国会の開会式に御出になりあいさつされることは国会の招待を受けて出席する来賓としてではない立法行政司法統帥の国家統治の大権を国民の総意に依つて信託附与されて居る元首、民主々義日本建設の基盤原則の下、民主的人間君主として出席され開会の御言葉を賜うのである。

右謹みて日本国憲法天皇の地位と権限につき正当なる解釈を掲載しました。

昭和三十六年 月 日

最高裁判所長官 横田喜三郎

荻原佑介 殿

三、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。

請求の理由

一、被告は昭和二十四年七月五日出版せる天皇制及び昭和二十五年一月八日発行の戦争と平和に掲載せる天皇退位論と云う暴逆不逞の論文を発表せる事実を昭和三十五年十一月二十日施行せられたる最高裁判所裁判官国民審査に当り略歴第二項の著書の部に故意に記載せず以て原告を始め九千万国民を欺き以て不信任の×点を免れたる卑劣なる行為は神聖至上崇高無比なる天職を奉つる裁判官の信条を冒読するも甚しきものにして断じて許容することは出来ない被告に裁判官としての信条良心あるなれば第二項の著書の部に堂々として記載なし原告を始め九千万国民の徹底的批判審査を仰ぐべきや言を俣ずである昭和二十年八月十五日九千万国民を滅亡の危機より救うべく戦争終結の御聖断を下され将又昭和二十年九月二十七日天皇陛下自らマツカーサーを訪問され戦争の責任を陛下一人にて引受ることを申され且つ九千万国民を餓死状態から救出されることを懇請なしたる今上陛下の皇恩を打忘れて其の陛下の戦争責任を追究した曲学阿世の売文学者が最高裁長官の栄位要職につき而して国民審査に当り此の暴逆不逞の行動を採りたる事実を故意に記載せざる行為は原告を始め九千万国民の国民感情が此れを許さない依つて最高裁判所裁判官国民審査法第四十八条に依り判決を請求する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例